職業訓練体験記 2022
いい加減な先生と、やる気みなぎる生徒たちと学んだウェブデザインの体験記
さまよえる私へ
この体験記は、かつてはノンフィクションだったがもはや夢の世界の出来事を記録している。これが夢の世界をさまよう道しるべになるなら、そのように役立てて構わない。
親愛なる読者へ
この体験記はフィクションであり、記述された日付、場所、人物、商品名、創作物等がこの世に存在するものを現していても、実際のそれらとは異なっている。
2022年7月4日 月曜日、面接に行く。10:55~12:15 矢田部東PAで食事。県南の森で面接。13:08~13:35の間。
時代背景
私、この時28歳。印刷屋で画像処理オペレーターとして働いていた。
2021年末、DP号と共に新型コロナウイルス感染症がやってきた。自粛要請で需要が減り、工場が止まった。非正規雇用だった私は、人件費圧縮の対象になり、職を失った。
気が乗らない数回の就職活動の後に、職業訓練を受けることにした。Webサイトに関わる仕事ができるようになればいいな、と思っていた。訓練のカリキュラムは、スマホとPCの共存する時代に必須なレスポンシブデザインが学べると書いてあり、自分の力では到達できなかった技術を学べるかもしれないと期待した。
訓練後、正社員としてWeb系事務の仕事に就くことができたが、諸々の都合で長続きしなかった。現在は、この能力を副業の材料として使っている。
この訓練の卒業要件は、既定の出席日数授業に出ることと、成績考査を受けることおよび卒業制作を提出すること。卒業制作と並行して、自分自身にもう一つの制作を課すことにした。一回限りの制作ではなく、立ち上げ後も更新し続けることが可能なWebサイト。結果生まれたのが「クロモニウム」だった。
訓練から3年後の2025年8月、かき消えていく遠くて暑い夏の思い出を再び手繰り寄せ、手記を残すことにした。
カリキュラム
講座名に「ゼロから学ぶ」と枕がつくだけあって、Webデザイン初学者向けとなっていた。
カリキュラムは3分の1ずつに分けられていた。前期は職場や働くことについての座学とオフィスの使用方法を学ぶ、中期はPhotoshopとIllustratorの使用方法を学ぶ、後期はWebデザインを学ぶようになっていた。また、訓練中3回キャリア面談を挟む。
「ゼロから学ぶ」からスタートして、レスポンシブデザインを学べるものなのか、とは思わないでも無かったが、自分で受講して、自分の糧になればいいやと思うことにした。
暑い夏、遠い訓練所、徐々に減る手持ち金
2022年の4月か5月ごろ、地元のハローワークに赴き、職業訓練窓口で職業訓練を受ける必要性を確認した。7月4日、県南の森で面接を行い、その他手続きを済ませると、7月15日からの通所が決まった。
面接から二週間程たち、地元も県南の森もすっかり夏模様になっていた。灼熱の夏空の下、これから週3日、約3ヶ月の短期訓練が始まる。
県南の森は龍ケ崎市にあるが、私の居場所からは遠く、片道70kmの長距離通学になった。私は10時半頃出発し、高速に乗り、圏央道・牛久阿見ICを降りた先で昼食をとり、13時に県南の森入りすることにした。
交通費の補助(通所手当)は出たが、距離が遠すぎてそれだけでは賄いきれず、バイトの給料を持ち出しても所持金は緩やかに減っていった。
龍ケ崎市の教室は、敷地に砂利引きの駐車場が二面あり、教室すぐ隣の細長い駐車場は、6台ほどが左右3台縦列で駐車できた。細長い駐車場の長辺側にある駐車場も6台程度停まれた。すねの高さ位の雑草が駐車場の端にもさもさと生えていて、車から降りると大量の蚊が飛び出してきた。細長い駐車場の奥に、プレハブ造りの紺色の教室棟が建っていた。
教室は座席の「かわ」が左右にふたつ並び、一本のかわに2人がけの座席が6列ほど続いた。私たちが午後1時に到着し、教室左後ろの下駄箱へ靴をしまい、扉を滑らせて教室に入ると、YouTubeのおしゃれなカフェのBGMを流して、先生が待っていた。
先生は30代後半の、デザイン専攻(たぶん)の男性。耳から上の髪をアフロでまとめ、身長は170cm以上あり、肩が広く、アロハシャツが似合っていた。さび加工(錆びた風に見せるものか、本当に錆びさせているのかは、もう忘れてしまった)が趣味で、アロハ先生のノートPCのバックカバーは錆色に塗られていた。
教室の参加者は、15人ほどいただろうか。うち3~4人が男性。卒業まで残った男性は私一人だけだった。年齢層は10~60代と幅広かった。
参加者を見ると、オフィスの使用方法はある程度できている人が三分の二程度いた。
一日のスケジュール
13時頃に教室へ到着。13:10すぎに入室し、13:30から開始。一時間ごとに10分休憩。17:30で終了し、放課後タイム。19時位で教室を閉めたがるので、それを過ぎそうなときは場所を変えて勉強を続けた。
訓練の難易度
前述の通り、訓練は三単元に分かれた。前期のオフィスはまあ、一般常識レベルのもので易しい。オフィスソフトに慣れている人にとって、前期は退屈そうだった。中期のPs(Photoshopのこと。)とAi(Adobe Illustratorのこと。今は生成AIのことと思われそうだが、2022年時点では、画像生成AIのMidjourneyが7月にオープンベータ版へ移行、Stable Diffusionの初期版が8月に公開、ほぼ同時にLINE Botのお絵描きばりぐっどくんが登場。ChatGPTはまだGPT-3.5。)は慣れれば楽しいと思える雰囲気だった。「レイヤー」のような、同じ言葉でもPsとAiで役割が異なる仕組みに苦労する様子がみられたが、Adobeを使うと必ず混乱する部分だから、大した問題ではない。アロハ先生一人で受講生のフォローが間に合わなくなると、徐々に私もフォロー役を務める事が増えていった。
最後のWebデザインは向き不向きが強く出た。Psでワイヤーフレームを作るのはできても、HTMLを書くことが壁になった。テキストデータからWebページが出来上がるという世界観から、肌に合わないと言う人もいた。HTMLはページ記述言語と言うだけあって、書き方が決まっているからまだ馴染みやすいが、無経験で「設計」できるほど易しいものではない。CSSの記述はさらに高い壁となった。CSSはHTMLの「どれを」「何を」「こうする」と書けば効果を発揮するが、構文が簡単すぎて設計が破綻した。
HTMLにしてもCSSにしても、設計だけで本が一冊出来上がる程の難易度で、たったの一ヶ月強を費やして、ゼロから学ぶのは無理があるというものだ。
初学者には難易度が高いので、教室内の親しい仲間同士でグループを作り、それぞれの制作を助け合う環境が出来上がっていった。私は教室内を飛び回って、グループをまたぎ、アロハ先生がフォローしきれない分を助けて回った。
思っていた講座と違う、先生が先生らしくない等、理由は様々あったと思うが、途中から出席しなくなる人はそれなりにいた。キャリア面談の日に不満をぶちまけて来なくなった人もいたらしい。Ps&Aiの学習あたりから人数が減りはじめ、先に書いた通り男性の生徒は私を除いて消滅した。
教室に居残りながら学習目標が定められない生徒・グループは否応なくアロハ先生を頼ることになった。

牛久阿見ICを降りて県道48号線を南下する。この辺りにはマクドナルドと幸楽苑、すき屋がある。ローテーションすれば飽きなかったが、昼飯代を1,000円以下に減らすのは難しかった。
道具について
この実習に必要なノートパソコンは、一人一台あてがわれた。15インチの黒色で、企業の払い下げ品をAmazonか何かで一括して買ったのだろう。2022年らしく、ストレージはSSDに換装されていて起動と終了はスムーズだった。メモリは8GBとかだったと思うが、4GBでないだけましである。Aiを動かしたとき、一応GPUアクセラレーションが効くくらいの世代のCPUが入っていた。
授業の進み具合に応じて、WordとExcel、PsとAi、VSCodeとWebブラウザを使い分けていった。
教科書も用意されていた。前期はFOM出版のオフィス本。中期はPs&Aiの入門書、後期は再びFOM出版のHTML5&CSS3の入門書。後期の教科書はテスト用のブラウザにIE11が出てくる程古いもので、私のグループメンバーから不満が出た。道具という道具はそれくらいで、Webサイトが上手く動かない時のバグ取りに使う開発者ツールの説明はなかった。
教室の隅、下駄箱近くには参考書が並べておいてあったが、西村博之の本が置いてあったのが面白かった。これはたぶんアロハ先生の趣味だろう。
記憶に残る先生方
先に紹介したアロハ先生が、私たちの講座の担任だった。その他に臨時で、本職のWebデザイナーの男性が代わりに自習時間を持つことがあった。アロハ先生に比べると際立った個性をまとって来なかったが(でも車はフィアット)、実際にWebで仕事をする雰囲気について何でも気さくに答えてくれた。クライアントの望みをすくい上げること、制作が遅れそうになったら寝る時間を削ること…制作業のリアルに一番近い先生だった。
2人の先生の他に、職業訓練に関わる事業の支配人で、オフィス学習の授業を持っているYさんが、アロハ先生の代わりに教室を監督することがあった。
訓練中3回しか会わなかったが、キャリア相談係のSさんには、相談の度にお褒めの言葉を頂いた。アロハ先生の悪評を心配して、私に確かめることも無くはなかった。
次の章からは、職業訓練の三単元で起こったことを詳しく書く。教科書、訓練案内のリーフレットは処分済みのため、授業で使用したデータの残骸や、当時の位置情報のログを呼び出して、データの日付から期間を再現した。
ユニット1 働くことと、Office実習
- 期間
- 7月19日から8月上旬、成績考査が8月4日
学生気分の復活
席は出席名簿順に決められていた。私の隣には、Officeはすでに完璧にできると思える人が座った。SEの経験もあったらしく、パソコンのリテラシーが高い。
このユニットは働くことについての授業から始まり、労災はどのような場面で起こるかを周りの生徒とブレインストーミングした。職安から授業に組み込めと指示されたのだろうが、実際はアイスブレークの役割も兼ねていた。
ここで早速、アロハ先生の特徴が出てきた。彼は出てきた考えを、すべて肯定する。それはあまりの速さで繰り出されたため、早くも「先生らしくない」という評価が固くなった。
それが終わると、Officeの実習が始まった。
授業前のドリル学習として、キーボードのタイピング練習が不定期に行われた。それぞれの席でノートパソコンを開き、イータイピングにアクセスして行った。面白いのは、アロハ先生が設定した高得点を超える結果を出すと、お駄賃がもらえるというルール。私と隣の席の生徒が駄賃を二度ほど受け取ると、このルールは一方的に破棄された。
腕慣らしの後、Word、PowerPoint、Excelの演習がはじまった。そして、授業が適当に進むと席替えが行われた。しばらく忘れていた学生気分が戻ってくる。
残念ながらこの単元は忙しいのだ
何しろOffice学習の時間は、約2週間しかない。3日でWord,3日でPowerPoint, 3日でExcelの学習を終わらせるイメージだ。それぞれ成績考査があり、WordとExcelは教科書通りの文書が作れるかどうかと、Wordは隣の生徒とのペアで出題された課題ができるかが問われた。VLOOKUP関数もお手の物という生徒にとって、なんとも退屈な時間が流れた。
PowerPointはプレゼンテーションが考査対象となった。テーマは趣味の発表。この教室は参加者の年齢が幅広く、多様な趣味の発表会となった。当時書き残していた発表メモから一部を紹介する。ダイエットの一種ファスティング、モルック(スポーツ)、ヤンキー論、イエネコの毛の模様、宇宙世紀、ベトナム旅行、在日コリアンとしてのアイデンティティとは、駅伝の楽しみ…
楽しいOfficeの単元は終わり、職業訓練というには初学者向けすぎる授業内容に一部の生徒は自信を持ち、一部の生徒は時間の無駄だと不満をあらわにした。私はこの後の学習内容と自らの近い将来に、漠然とした不安感を募らせた。そんな心境のままキャリア相談を受け、一路次の単元へ進んだ。
ユニット2 Ai&Ps
- それぞれの期間
- Illustrator:8月12日~8月31日
- Photoshop:9月第一週~9月15日?
- Webの基礎、HTMLとCSSの触りの部分は8月10日あたりから。
デジタルお絵描きは楽しいね
Adobeソフトの基礎を学ぶ単元は、Illustratorの学習から始まった。最初は教科書に沿ってアプリの起動と終了、ファイルを開く閉じる、保存するの基礎を学習した。そして丸や四角・多角形の描画、線と塗りの基礎を学習した後は、一日の授業の初めに創作課題が与えられた。課題のテーマはその時々で違ったが、だいたい30分~1時間程で形にするように指示された。
教科書は一日あたり一章ずつ進むような速さで、Adobeのソフトを触ったことのない生徒でも上達を感じやすかったはずだ。
先生の都合で、たまにWebデザインの授業を先に行う日があった。社会人向けのスクールを運営している企業が、初学者向けにWebデザインのいろはを映像にまとめたYouTube動画が教材になった。
学習に必要なデータを準備し、コードエディターの設定を終えると、動画教材はHTML,CSSのコーディングを教え始めた。私は、それがどういうものか知っていたから意味がすぐに分かったが、大抵の生徒は面食らったはずだ。疲れてくると、分かるのは学習教材名の「ともすた」という4文字の日本語だけになっていく。
メディアクエリの初歩も解説していたが、ほとんどの生徒には早すぎた。
なお、クロモニウムの開発は、このあたりからすきを見て始まった。VSCodeは使わず、初期のコードはメモ帳に打たれていた。昔懐かしい、ジオシティーズ時代の作り方だ。公開先は特に決めていなかったが、レンタルサーバーを使うつもりでいた。
h1は一番の見出しです。pは段落です。さあ書いてみましょう。保存して、再読み込みをしてみましょう。こうなっていればOKです。違っていれば、書き方をよく確認してください。次はdivを使いましょう…
確かに、間違いなくそう書けばそう出る。では、こう書くにはどうすれば良い?間違いはどうやって直す?それが分かっている人と、どうにも馴染めない人との差は大きく広がった。
そんな不安をかき消すように、授業はAdobeソフトの実習に戻っていく。しかし、理解に疲れた生徒にとっては何の慰めにもならず、高いソフトを使っても画面に出てくるのはなんだか幼稚な絵のような何かで、おまけにアロハ先生が茶化しに来る。万能感の薄れた年頃の生徒には、軽妙洒脱と言うには蛇足が気になる茶化しがよく効き、男性の生徒はこのユニットを境に教室から姿を消していった。
ユニット外の補足 野望と探りのデュエルが始まる
教室のメンバーもいい加減馴染んできて、それぞれ趣味趣向や学習練度の似たグループができた。私のグループは最終的に4人が集まった。名前は仮にアルファグループとしておく。メンバーは、カメラ好き(私)、授業の最初に席が隣になった人で宇宙世紀好き、魚類好き、アキラ好き(大友克洋の)。このグループは学習意欲が高く、同時に危機感を抱いた人達の集まりで、学んだことをどうにか活かして生計を立てようともがいていた。アロハ先生の評価はここに書くまでもなく全会一致していた。
アルファグループは、Adobeソフトの使い方ぐらいでたじろぐ事はない。Officeの学習時間が長くて時間を無駄にしたと思っていたメンバーもいた。他のグループの生徒が席を隣にした時は、ペアになって学習を進めた。
先生サイドも、この様子をただ見ていたわけではない。アロハ先生は生徒と一緒にいる時間が長く、誰が能力を秘めているかを楽に探せるステージに立っていた。先生は教室の運営として、教壇に立てる人材、もしくは側近として、運営の補佐ができる人を欲しがっていた。
いわばヘッドハンティングが職業訓練校で禁止されているかどうか私にはわからなかったが、一週間に3人位の割合で、面談と称して別建物のプレハブ小屋で、(まともに冷房の効かないプレハブ小屋で、)秘密のデュエルが行われていたことは確かだ。公に設定されていた面談の時間を使うこともあれば、そうでないときもあった。人によってはLINEの交換を要求されたらしい。アルファグループ内では宇宙世紀好きと、私が長いデュエルに付き合わされた。宇宙世紀好きと激突した時は、長話の末に話の続きをホテルでしようという、どうやっても得しない魔法カードを発動し、アロハ先生は勝手に敗北していった。
頼れるグループメンバーに精神的なダメージを与えるのはやめていただきたい。
8月31日、Illustratorの成績考査が行われた。A3で、禁煙を促すポスターの制作。いろいろな作品が作られたが、アロハ先生にはアロハ先生の推しがあったようで、生徒の声を聞きながらも、推しの名前を連呼していた。先生、それはセクハラです。
色々な野望を織り込みながら、授業はPhotoshopの学習へ移っていった。
画像を切って貼って、調子も整えて
Photoshopの授業は、前職が印刷屋で画像処理をしていた私にとって、半分以上は復習の時間になった。当時最新版のPhotoshopを動かすのに、メモリが枯渇して結構苦しかった。その時の対処法は、先生よりも私のほうが分かっていて、うまく動かないPCを見て回り、環境設定を書き換えていった。
Photoshopの授業が始まる前に、先生から課題が与えられた。覚えている機能を使って、お題に合わせたチラシ等を作る課題だ。まず一時間ほど使って課題を行い、先生にデータを提出してから授業が始まる。
私は富士山の画像と月の画像を多重露光したように合わせて、絶望的な色調にしたものを先生に提出したりした。おかげで、先生に赤くて怖いだの言われてしまった。
Photoshopは、Illustratorと比べるとデータを計画的に操作しないと、思った通りのものができない。レイヤーも意味が異なっており、PhotoshopのそれはOHPシート一枚がレイヤー1枚を現すようなものだ。拡大・縮小・回転や、色調補正をかければ基本的に元に戻らない。別グループにいる60代の美術の先生もこの教室の生徒だったが、Photoshopの授業が始まってからは私がつきっきりになって教えることが増えていった。
9月7日?、放課後、アロハ先生と非公式の面談(デュエル)。業務委託で県南の森の授業を行うことについて。週4~5日勤務、時給1700円~1800円(出来高制)。1期間3~4ヶ月。指定のアパートもあるという話をもらったが、良いとは思わなかった。
9月10日、2回目のキャリア面談に出席した。相変わらずアロハ先生の評判を気にするS氏。それと共に、私の評判が上がっていると聞かされて若干恥ずかしかった。それが終わると、16時半にジョリーパスタへ向かった。アルファグループのメンバーが徐々に集まり、19時過ぎまで自主勉した。
9月13日に、Photoshopの成績考査用の課題を制作した。内容は、作りたいWebサイトのワイヤーフレームを作ること。後のWebデザインのユニットにつながるもので、Webサイトの骨組みを図示出来れば合格。幅や高さについて、具体的な単位(ピクセル)で定義する必要が出てきて、感覚派の生徒はここで壁の一つにぶつかった。
9月14日、アルファグループのメンバーは授業が終わった後、自主的にジョリーパスタへ場所を変えて集まり、自主勉と夕飯を共にし、先生がヤバい・この訓練おかしいよね・経歴書に書けないよ等の意見?を交わした。ジョリーパスタを出発したのは22時だった。
9月15日、なんとかPhotoshopの課題を提出した。
そういえば、課題の中にはサンプル画像の真似をして仕上げるものもあったが、肝心のサンプル内に妙にエッチな画像があり、アルファグループ内で露骨に拒否反応を示したメンバーが出た。あとでサンプル画像の出自を調べたところ、どうやらアロハ先生の加工作品だったようで、私はこの人は恥じらいの境界がおかしいのではないかと思うようになった。
9月16日に、カメラのポスターを2枚作って提出した。その際、アロハ先生に高く売れるカメラをピックアップしてカタログを作ってほしいという、何に使うかすぐに分かる注文を受けた。その1枚ペラのカタログは時間が足りずに未完となった。
先生都合の数日の休校を経て、本丸のWebデザインへ突入した。
ユニット3 Webデザイン
- 期間
- 教科書を進める…9月20日~10月4日
ともすたを思い出せ!さもなくばひいらぎ不動産にやられるぞ
いよいよ本丸のWebデザインがはじまった。最初はHTMLとCSSの基礎ということで、教科書通りに進めることになった。
VSCodeはともすたの回で設定済みで、日本語表示になっていたり、文法ミスを指摘してくれたり、初心者に寄り添ったHTMLエディターに仕上がっていた。それでも、生徒は無からHTMLを学んでいくため基本的な入力ミスが頻発した。<や>の入れ忘れ、終了タグの入力漏れ、相対パスの記述ミス、bodyタグが二つある等はまだ良いが、それらが複合する、ブラウザに出すと謎の空白が出てくる等は経験豊富な人間にしか原因が分からなかった。拡張子によってファイルの認識が変化するといったお約束も、知らない人からすればつまずいて転ぶ原因になった。分かるのは、製作ページの「ひいらぎ不動産」という日本語だけ。もはやアロハ先生だけでは、手が足りなかった。
教科書が古いというのは概要に書いたとおりだが、HTMLの約束事に翻弄される生徒には関係のない事だった。巻末のリファレンスはHTMLの記述に必要なタグがまとめられており、アロハ先生からそれらすべてを覚えなさいと発言があった時に、空席の増えた教室がざわめいた。あと1ヶ月しかないのに?正気か。
HTMLを一通り学習すると、CSSの学習がはじまった。
書くのは簡単なCSS、それはもう大変なことに
p{color:red}
上に書いたコードは、初学者がCSSを学び始めたときに、よく目にするものだ。このコードの構文を書き起こすと、
セレクタ{プロパティ:値}
となる。この場合、文章内の段落の文字列を全て赤色にする。こんな簡単なコードで、HTMLをスタイル付けすることができる。
CSSの何が困難を生むのか?簡単すぎるがゆえに、覚えることを爆発的に増やしている。セレクタは、HTMLのどの部分をどのように選ぶか指定できるが、ついさっきHTMLを覚え始めた生徒にそんな判断はできない。プロパティは鬼のような数がある。値は選択可能な単位がいくつもある。正しい文法でスタイルを当てたら、見た目がどう変わるか覚えなければならない。
CSSを指定してないHTML要素は、スタイルが何も当たっていないわけでは無い。ブラウザがタグに合わせてそれなりのスタイルを当てている。H1タグの文字が大きいのはそのおかげだ。じゃあ何が当たっているのか?アロハ先生はその調べ方を教えておらず、8月の「ともすた」に習ってリセットCSSだけ教えてくれた。
CSSでできることは、一通り教わった。テキストの装飾、ボックスレイアウト、要素の位置変更(positionプロパティ)を基礎として、CSS3で使えるようになった切り替え効果のtransition、フィルター加工、フレキシブルボックス、グリッドレイアウトを詰め込み、メディアクエリによるレスポンシブデザインも学んだ。一部は「ともすた」でさわりだけ学習済みだが、それを思い出せる人はどれだけいただろうか。
CSSはHTMLと密に結合して、HTML文書をスタイル付けする。HTML文書はリンクを通じて複数のHTML文書に分かれる。それぞれにCSSを書いていたら手間がかかるが、一つのCSSファイルで効率よくスタイル付けすることもできる。教材はそれを目指すようにできていたが、卒業制作に転用しようとすると教科書の扱う範囲を簡単に超えてしまった。教科書でできるのは、「ひいらぎ不動産」のサイトを、HTMLとCSSで作り上げることだけだった。
何が言いたい?
初学者には厳しい。私の突貫工事の腕だけが冴え渡る。
9月20日、アロハ先生は来なかった。悪行を処されたという噂も流れた。動画教材でWebの基礎を学習した。
9月21日、またアロハ先生は来なかった。20日に加えて、教科書を進める。おしゃれなカフェのBGMは止められていて、白くまくんのエアコンが教室を強力に冷やしていた。
9月27日、放課後に、アルファグループ、18時よりジョリーパスタへ集合。21時半まで自主勉と、アルファグループ内メンバーから持ち込まれたWebサイト作成の依頼を検討した。
9月28日、休校日だが、アルファグループ、14時にジョリーパスタへ集まる。持ち込み依頼を形にするための会合。20時半まで。
10月3日、放課後、アルファグループ、18時にマクドナルドへ集まる。21時まで。10月を迎えて焦りが出始める。JavaScriptは学習しない訓練なので、自主勉できそうな本を持ち寄ったりした。
10月6日、放課後、アルファグループ、18時にガストへ集まる。22時50分まで。教科書の復習。CSSが鬼門。卒業制作の課題は、この時期に示されていた可能性がある。
10月7日、卒業制作を作り始める。
10月8日、15時30分、3回目のキャリア面談。
10月9日、休校日。特に何もしなかった。
卒業制作へ
- 期間
- 10月10日~10月24日
卒業制作は、先生をクライアントと見なして、Webサイトの構築を行った。
当時のメモに、進め方が残されていた。それによると…
- アロハ先生に依頼内容を聞く
- 企画書作成、プレゼンテーション(ガイドライン・要件定義)
- コンテンツリスト、ワイヤーフレームを提出
- デザインをPhotoshopで、先生に見せる
- コーディング→先生に見せる
- 納品
という順番になっていた。慣れない生徒は順番通りに進めたが、できる人は途中の行程をスキップできたりした。
制作期間は10月10日~24日の間。依頼内容はそれより前に伝えられた。私の場合、コーヒー専門店のWebサイトということになった。豆にこだわり、テーマ色はアイボリー・黒。
テーマカラーを決めて、店員の人物設定を決めている途中でアロハ先生が割り込んできて、その時点で半ばゴーサインをもらってしまった。
それほど難しくない卒業制作の代わりに、教室中の生徒のトラブルシューティングに奔走した。

残り数キロ。もう少しで日付が変わる。
9月終わり~10月初めの授業が先生都合で休みになった分、10月は土曜日まで授業に充てられた。加速する教室。一日、また一日と終わりが近づいてきた。
10月14日、放課後、アルファグループの会合。ガストで22時45分まで粘る。
10月15日、放課後、アルファグループの会合。ガストで23時05分まで粘る。
10月18日、放課後、教室で18時30分まで粘る。生徒はほとんどこの時間まで帰らなかった。
10月19日、放課後、アルファグループの会合。ガストで22時30分まで粘る。
10月21日、ひたすら作る。
10月22日、ほぼ完成する。23日の休校日を挟んで、授業は残り一日となった。
10月24日、最後の日
13時10分、いつもの時間に県南の森に着いた。そそくさと準備し、最後の調整を行って、成果物をアロハ先生に提出した。
その日の授業は、成果物をプレゼンし、アロハ先生の講評と、終わりの挨拶で締めくくられた。アロハ先生の挨拶は言葉数少なく、非常にあっさりと終わった。続けて教室の支配人の挨拶。未来を見据えた、思いやりを感じるものだった。
これで教室のメンバーとはお別れ…とはならず、16時、アルファグループは他グループの生徒の何人かを誘って、打ち上げと称してジョリーパスタへしけこんだ。やることは決まっていた。
18時、他グループのメンバーに本当のお別れをしようとしたが、話が終わらずマクドナルドを二次会場に設定。冷えた身体にマックのコーヒーを流し込む。先生への悪態(溢れ出て止まらない)と、ウェブサイトを作り始めている話、就職先の話、いつか暴露マンガを描いてやるという話…そうした話題が出ては消え、21時30分、ついに龍ケ崎の地を後にした。
暗闇の高速道路に、希望を乗せて
期待を抱いて真夏から始まった職業訓練は、野望のぶつかり合いという醜い現実から逃れることはできなかった。無垢な人間は他人の幼稚な欲望に振り回され、時間を浪費し、傷つけられた。やがて人は減り、もの悲しさを伴って秋を迎えた。
私はわざわざ遠くから修羅の教室にやってきて、できるだけ他人を助けて回って、放課後の勉強会に参加し、夜遅くに北へ帰った。暗い常磐道は夏の蒸し暑さを忘れ、私の頭を冷やして妙な高揚感を覚えさせた。
職業訓練のすべてが終わり、暗い高速道路を疾走していると、カーステレオの中の遊佐未森が、HOPEを歌いだした。「HOPE」…この時期何度も聴いた。ロードノイズをかき消すように、音楽アルバムは夏草の線路を歌う。
何時までもこの場所で
同じ夢 見てたはずなのに
君は今 靴紐気にして
枕木は季節を数えて
蒼い土へと帰るよ
少しずつほどける
あの日の遠い約束
しばらく忘れていた学生気分、教室内の醜い現実、能力のあるメンバーと何時間も続いた勉強会、長距離通学。夢心地で愛おしく、未来を向いて生きていた。
エピローグ
私はその年のうちに、中古トラックをWebサイトに掲載したり降ろしたりする仕事を得た。HTMLを多少触れて、Photoshopができるのを買われた。好きな仕事と言えば好きな仕事だった。そういうのを、夢が叶ったと言うのだろう。他人からは良かったねと言われた。
アルファグループの会合は、2023年の夏まで続いた。ウェブサイトの制作は順調に進んでいたが、ある日を境に進捗報告が来なくなった。私は理由を知らないが、時間をかけて丁寧に作ることがいつでも最良というわけではないと考えるようになった。
アルファグループのメンバーは、それぞれ何かしらの職を得たようだ。一人は研究施設の事務職、一人は水族館関係、一人は、ファイナルファンタジーで言うところの白魔導士…みたいなものになって、迷える現代人の助けになるべく修行中。
アルファグループ以外の生徒との交流は、ほとんどが途絶えた。ウェブサイトの作成を手伝ってほしいと依頼を受け、地元の駅で待ち合わせた一人はそれっきりの付き合いとなった。唯一残ったのは、60代の美術の先生で、後に大阪訪問のきっかけになった。
私自身に課していた「クロモニウム」は、私の構想通り立ち上がり、今でも私の庭であり続けている。
職業訓練体験記 2022 おわり
様々な夢の道しるべ
クロモニウムに刻まれた、夢の数々
関連制作物
7月21日に撮影。Office実習中。
7月22日に撮影。Office実習中。映像作品として見やすい。
7月22日に撮影。Office実習中。映像作品として見やすい。
8月30日に撮影。Illustratorの実習中。新車。
動画作品 miniDV車載動画 2022/9/2 龍ケ崎→水戸
9月2日に撮影。Photoshopの実習中。
11月30日に撮影。講座は終わって解散していたが、アルファグループでウェブサイトを立ち上げるための会合に出ていた。
卒業制作
特設ギャラリーにアクセスして、県南の森プロジェクトのリンクをクリックします。ユーザー認証が表示されたら、以下の文字を入れてください。
ID:forest
PASS:kubotacchi
※認証が通った後のページはフィクションではありません。














