職業訓練体験記
※あと3分の1書けば完成です。
さまよえる私へ
この体験記は、かつてはノンフィクションだったがもはや夢の世界の出来事を記録している。これが夢の世界をさまよう道しるべになるなら、そのように役立てて構わない。
親愛なる読者へ
この体験記はフィクションであり、記述された日付、場所、人物、商品名、創作物等がこの世に存在するものを現していても、実際のそれらとは異なっている。
7月4日 月曜日 面接に行く。10:55~12:15 矢田部東PAで食事。県南の森で面接。13:08~13:35の間。
7月21日に撮影。Office実習中。
22日に撮影。Office実習中。映像作品として見やすい。
22日に撮影。Office実習中。映像作品として見やすい。
8月30日に撮影。Illustratorの実習中。新車。
9月2日に撮影。Photoshopの実習中。
11月30日に撮影。授業は終わったが、教室でできたグループでウェブサイトを立ち上げるための会合に出ていた。
時代背景
非正規で画像処理オペレーターとして働いていた印刷屋で、新型コロナウイルス感染症の蔓延により人件費圧縮の被害にあい、職を失った私は、数回の就職活動の後に職業訓練を受けることにした。Webサイトに関わる仕事ができるようになればいいな、と思っていた。訓練のカリキュラムには、スマホとPCの共存する時代に必須なレスポンシブデザインが学べると書いてあり、自分の力では到達できなかった技術を学べるかもしれないと期待した。
訓練後、正社員としてWeb系事務の仕事に就くことができたが、諸々の都合で長続きしなかった。現在は、この能力を副業の材料として使っている。
この訓練の卒業要件は、既定の出席日数授業に出ることと、成績考査を受けることおよび卒業制作を提出すること。卒業制作と並行して、自分自身にもう一つの制作を課すことにした。一回限りの制作ではなく、立ち上げ後も更新し続けることが可能なWebサイト。結果生まれたのが「クロモニウム」だった。
訓練から3年後の2025年8月、おぼろげな記憶になりつつある遠くて暑い夏の思い出を再び手繰り寄せ、手記を残すことにした。
カリキュラム
講座名に「ゼロから学ぶ」と枕がつくだけあって、Webデザイン初学者向けとなっていた。
カリキュラムは3分の1ずつに分けられていた。前期は職場や働くことについての座学とオフィスの使用方法を学ぶ、中期はPhotoshopとIllustratorの使用方法を学ぶ、後期はWebデザインを学ぶようになっていた。また、前期おわり、中期おわり、後期後半にキャリア面談を挟む。
「ゼロから学ぶ」からスタートして、レスポンシブデザインを学べるものなのか、とは思わないでも無かったが、自分で受講して、自分の糧になればいいやと思うことにした。
暑い夏、遠い訓練所、徐々に減る手持ち金
2022年の4月か5月ごろ、地元のハローワークに赴き、職業訓練窓口で相談し、県南の森での面接等様々な手続きを済ませると、7月15日からの通所が決まった。面接から二週間程たち、地元も県南の森もすっかり夏模様になっていた。灼熱の夏空の下、これから週3日、約3ヶ月の短期訓練が始まる。
県南の森は龍ケ崎市にあるが、私の居場所からは遠く、片道70kmの長距離通学になった。私は10時半頃出発し、高速に乗り、圏央道・牛久阿見ICを降りた先で昼食をとり、13時に県南の森入りすることにした。
交通費の補助(通所手当)は出たが、距離が遠すぎてそれだけでは賄いきれず、バイトの給料を持ち出しても所持金は緩やかに減っていった。
龍ケ崎市の教室は、敷地に砂利引きの駐車場が二面あり、教室すぐ隣の細長い駐車場は、6台ほどが左右3台縦列で駐車できた。細長い駐車場の長辺側にある駐車場は6台ほどが停まれた。すねの高さ位の雑草が駐車場の端にもさもさと生えており、車から降りるとどんな希望の星も蚊に喰われた。細長い駐車場の奥に、プレハブ造りの紺色の教室棟が建っていた。
教室は左右に「かわ」がふたつ並び、一つのかわに2人がけの座席が6列ほど続いた。私たちが午後1時に到着し、教室左後ろの下駄箱へ靴をしまい、扉を滑らせて教室に入ると、YouTubeのおしゃれなカフェのBGMの流れる空間の奥で、先生が待っていた。
先生は30代後半の、デザイン専攻(たぶん)の男性。耳から上の髪をアフロでまとめ、身長は170cm以上あり、肩が広く、アロハシャツが似合っていた。さび加工(映画の特撮やプラモデルの塗装で使われる、錆びた風に見せる技術)が趣味で、アロハ先生のノートPCのバックカバーは錆色に塗られていた。
教室の参加者は、20人ほどいただろうか。うち3~4人が男性。卒業まで残った男性は私一人だけだった。年齢層は10~60代と幅広かった。
参加者を見ると、オフィスの使用方法はある程度できている人が三分の二程度いた。
訓練の難易度
前述の通り、訓練は三単元に分かれた。前期のオフィスはまあ、一般常識レベルのもので易しい。オフィスソフトに慣れている人にとって、前期は退屈そうだった。中期のPs(Photoshopのこと。)とAi(Adobe Illustratorのこと。今は生成AIのことと思われそうだが、2022年時点では、画像生成AIのMidjourneyが7月にオープンベータ版へ移行、Stable Diffusionの初期版が8月に公開、ほぼ同時にLINE Botのお絵描きばりぐっどくんが登場。ChatGPTはまだGPT-3.5。)は慣れれば楽しいと思える雰囲気だった。「レイヤー」のような、同じ言葉でもPsとAiで役割が異なる仕組みに苦労する様子がみられたが、Adobeを使うと必ず混乱する部分だから、大した問題ではない。アロハ先生一人で受講生のフォローが間に合わなくなると、徐々に私もフォロー役を務める事が増えていった。
最後のWebデザインは向き不向きが強く出た。Psでワイヤーフレームを作るのはできても、HTMLを書くことが壁になった。テキストデータからWebページが出来上がるという世界観からもう肌に合わないと言う人もいた。HTMLはページ記述言語と言うだけあって、書き方が決まっているからまだ馴染みやすいが、無経験で「設計」できるほど易しいものではない。CSSの記述はさらに高い壁となった。CSSはHTMLの「どれを」「何を」「こうする」と書けば効果を発揮するが、構文が簡単すぎて「設計」が破綻した。
HTMLにしてもCSSにしても、「設計」だけで本が一冊出来上がる程の難易度で、たったの一ヶ月強を費やして、ゼロから学ぶのは無理があるというものだ。
初学者には難易度が高いので、教室内の親しい仲間同士でグループを作り、それぞれの制作を助け合う環境が出来上がっていった。私は教室内を飛び回って、グループをまたぎ、アロハ先生がフォローしきれない分を助けて回った。
思っていた講座と違う、先生が先生らしくない等、理由は様々あったと思うが、途中から出席しなくなる人はそれなりにいた。キャリア面談の日に不満をぶちまけて来なくなった人もいたらしい。Ps&Aiの学習あたりから人数が減りはじめ、先に書いた通り男性の生徒は私を除いて消滅した。
教室に居残りながら学習目標が定められない生徒・グループは否応なくアロハ先生を頼ることになった。

牛久阿見ICを降りて県道48号線を南下する。この辺りにはマクドナルドと幸楽苑、すき屋がある。ローテーションすれば飽きなかったが、昼飯代を1,000円以下に減らすのは難しい相談だった。
道具について
この実習に必要なノートパソコンは、一人一台あてがわれた。15インチの黒色で、企業の払い下げ品をAmazonか何かで一括して買ったのだろう。2022年らしく、ストレージはSSDに換装されていて起動と終了はスムーズだった。メモリは8GBとかだったと思うが、4GBでないだけマシである。Aiを動かしたとき、一応GPUアクセラレーションが効くくらいの世代のCPUが入っていた。
授業の進み具合に応じて、WordとExcel、PsとAi、VSCodeとWebブラウザを使い分けていった。
教科書も用意されていた。前期はFOM出版のオフィス本。中期はPs&Aiの入門書、後期は再びFOM出版のHTML5&CSS3の入門書。後期の教科書はテスト用のブラウザにIE11が出てくる程古いもので、私の制作グループの数人から不満が出た。道具という道具はそれくらいで、Webサイトが上手く動かない時のバグ取りに使う開発者ツールの説明はなかった。
教室の隅、下駄箱近くには参考書が並べておいてあったが、西村博之の本が置いてあったのが面白かった。これはたぶんアロハ先生の趣味だろう。
記憶に残る先生方
先に紹介したアロハ先生が、私たちの講座の担任だった。その他に臨時で、本職のWebデザイナーの男性が代わりに自習時間を持つことがあった。アロハ先生に比べると際立った個性をまとっては来なかったが(でも車はフィアット)、実際にWebで仕事をする雰囲気について何でも気さくに答えてくれた。クライアントの望みをすくい上げること、制作が遅れそうになったら寝る時間を削ること…制作業のリアルに一番近い先生だった。
2人の先生の他に、職業訓練に関わる事業の支配人で、オフィス学習の授業を持っているYさんが、アロハ先生の代わりに教室を監督することがあった。
訓練中3回しか会わなかったが、キャリア相談係のSさんには、相談の度にお褒めの言葉を頂いた。アロハ先生の評判を心配して、私に確かめることも無くはなかった。
次の章からは、職業訓練の三単元で起こったことを詳しく書く。教科書、訓練案内のリーフレットは処分済みのため、授業で使用したデータの残骸を呼び出して、データの日付から期間を再現した。
ユニット1 働くことと、Office実習
- 期間
- 7月19日から8月上旬、成績考査が8月4日
長らく忘れていたもの、それは学生気分
席は出席名簿順に決められていた。私の隣には、Officeはすでに完璧にできると思える人が座った。SEの経験もあったらしく、パソコンのリテラシーが高い。
このユニットは働くことについての授業から始まり、労災はどのような場面で起こるかを周りの生徒とブレインストーミングした。職安から授業に組み込めと指示されたのだろうが、実際はアイスブレークの役割も兼ねていた。
ここで早速、アロハ先生の特徴が出てきた。彼は出てきた考えを、すべて肯定する。それはジャッジをしていないと思ってしまう速さで繰り出されたため、早くも「先生らしくない」という評価が固くなった。
それが終わると、Officeの実習が始まった。
授業前のドリル学習として、キーボードのタイピング練習が不定期に行われた。それぞれの席でノートパソコンを開き、イータイピングにアクセスして行った。面白いのは、アロハ先生が設定した高得点を超える結果を出すと、お駄賃がもらえるというルール。私と隣の席の生徒が駄賃を二度ほど受け取ると、このルールは一方的に破棄された。
腕慣らしの後、Word、PowerPoint、Excelの演習がはじまった。
残念ながらこの単元は忙しいのだ
何しろOffice学習の時間は、約2週間しかない。3日でWord,3日でPowerPoint, 3日でExcelの学習を終わらせるイメージだ。それぞれ成績考査があり、WordとExcelは教科書通りの文書が作れるかどうかが問われた。VLOOKUP関数もお手の物という生徒にとっては、なんとも退屈な時間が流れた。
PowerPointはプレゼンテーションが考査対象となった。テーマは趣味の発表。この教室は参加者の年齢が幅広く、多様な趣味の発表会となった。当時書き残していた発表メモから一部を紹介する。ダイエットの一種ファスティング、モルック(スポーツ)、ヤンキー論、イエネコの毛の模様、宇宙世紀、ベトナム旅行、在日コリアンとしてのアイデンティティとは、駅伝の楽しみ…
楽しいOfficeの単元は終わり、職業訓練というには初学者向けすぎる授業内容に一部の生徒は自信を持ち、一部の生徒は時間の無駄だと不満をあらわにした。私はこの後の学習内容と自らの近い将来に、漠然とした不安感を募らせた。そんな心境のままキャリア相談を受け、一路次の単元へ進んだ。
ユニット2 Illustrator&Photoshop
- それぞれの期間
- Illustrator:8月12日~8月31日
- Photoshop:9月第一週~9月15日?
- Webの基礎、HTMLとCSSの触りの部分は8月10日あたりから。
デジタルお絵描きは楽しいね
Adobeソフトの基礎を学ぶ単元は、Illustratorの学習から始まった。最初は教科書に沿ってアプリの起動と終了、ファイルを開く閉じる、保存するの基礎を学習した。そして丸や四角・多角形の描画、線と塗りの基礎を学習した後は、一日の授業の初めに創作課題が与えられた。課題のテーマはその時々で違ったが、だいたい30分~1時間程で形にするように指示された。
教科書は一日あたり一章ずつ進むような速さで、Adobeのソフトを触ったことのない生徒でも上達を感じやすかったはずだ。
先生の都合で、たまにWebデザインの授業を先に行う日があった。社会人向けのスクールを運営している企業が、初学者向けにWebデザインのいろはを映像にまとめたYouTube動画が教材になった。
学習に必要なデータを準備し、コードエディターの設定を終えると、動画教材はHTML,CSSのコーディングを教え始めた。私は、それがどういうものか知っているから何を言っているかすぐに分かったが、分からない人にはいきなり外国に連れて行かれたように感じるだろう。疲れてくると、分かるのは学習教材の「ともすた」という4文字の日本語だけになっていく。
h1は一番の見出しです。pは段落です。さあ書いてみましょう。保存して、再読み込みをしてみましょう。こうなっていればOKです。違っていれば、書き方をよく確認してください。次はdivを使いましょう…
確かに、間違いなくそう書けばそう出る。では、こう書くにはどうすれば良い?それが分かっている人と、どうにも馴染めない人との差は大きく広がった。
そんな不安をかき消すように、授業はAdobeソフトの実習に戻っていく。しかし、理解に疲れた生徒にとっては何の慰めにもならず、画面に出てくるのはなんだか稚拙な絵のような何かで、おまけにアロハ先生が茶化しに来る。万能感の薄れた年頃の生徒には、軽妙洒脱と言うには蛇足が気になる茶化しがよく効き、男性の生徒はこのユニットを境に教室から姿を消していった。
ユニット外の補足 野望と探りのデュエルが始まる
教室のメンバーもいい加減馴染んできたので、それぞれ趣味趣向や学習練度の似たグループができてきた。私のグループは最終的に4人が集まった。名前は仮にアルファグループとしておく。メンバーは、カメラ好き(私)、授業の最初に席が隣になった人で宇宙世紀好き、魚類好き、アキラ好き(大友克洋の)。このグループは学習意欲が高く、同時に危機感を抱いた人達の集まりで、学んだことをどうにか活かして生計を立てようともがいていた。アロハ先生の評価は全会一致していたが、聡明な読者ならもう分かるだろう。
アルファグループは、Adobeソフトの使い方ぐらいではとくにたじろぐ事はない。Officeの学習時間が長くて時間を無駄にしたと思っていたメンバーもいた。他のグループの生徒が席を隣にした時は、ペアになって学習を進めた。
先生サイドも、この様子をただ見ていたわけではない。アロハ先生は生徒と一緒にいる時間が長く、誰が能力を秘めているかを楽に探せるステージに立っていた。先生は教室の運営として、教壇に立てる人材を探していた。もしくはすぐれた側近として、運営の補佐ができる人を欲しがっていた。
こういう、いわばヘッドハンティングが職業訓練校で禁止されているかどうかは私にはわからなかったが、一週間に1人位の割合で、面談と称して別建物のプレハブ小屋で、(まともに冷房の効かないプレハブ小屋で、)秘密のデュエルが行われていたことは確かだ。公に設定されていた面談の時間を使うこともあれば、そうでないときもあった。アルファチーム内では宇宙世紀好きと、私が長いデュエルに付き合わされた。宇宙世紀好きとデュエルした時は、長話の末に話の続きをホテルでしようという、自爆しかできない魔法カードを発動し、アロハ先生は勝手に敗北していった。
8月31日、Illustratorの成績考査が行われた。A3で、禁煙を促すポスターの制作。いろいろな作品が作られたが、アロハ先生にはアロハ先生の推しがあったようで、生徒の声を聞きながらも、推しの名前を連呼していた。やはり、らしくない先生だなと思った。実に諦めの悪い先生である。
色々な野望を織り込みながら、授業はPhotoshopの学習へ移っていった。
画像を切って貼って、調子も整えて
Photoshopの授業は、前職が印刷屋で画像処理をしていた私にとって、半分以上は復習の時間になった。当時最新版のPhotoshopを動かすのに、メモリが枯渇して結構苦しかった。その時の対処法は、先生よりも私のほうが分かっていて、うまく動かないPCを見て回り、環境設定を書き換えていった。
Photoshopの授業が始まる前に、先生から課題が与えられた。覚えている機能を使って、お題に合わせたチラシ等を作る課題だ。まず一時間ほど使って課題を行い、先生にデータを提出してから授業が始まる。
私は富士山の画像と月の画像を多重露光したように合わせて、絶望的な色調にしたものを先生に提出したりした。おかげで、先生に赤くて怖いだの言われてしまった。
Photoshopは、Illustratorと比べるとデータを計画的に操作しないと、思った通りのものができない。レイヤーも意味が異なっており、PhotoshopのそれはOHPシート一枚がレイヤー1枚を現すようなものだ。拡大・縮小・回転や、色調補正をかければ基本的に元に戻らない。別グループにいる60代の美術の先生もこの教室の生徒だったが、Photoshopの授業が始まってからは私がつきっきりになって教えることが増えていった。
一日の授業が終わる前にも、自由課題が与えられた。その中にはサンプル画像の真似をして仕上げるものもあったが、そのサンプル内には妙にエッチな画像もあり、アルファチーム内では露骨に拒否反応を示したメンバーもいた。あとでサンプル画像の出自を調べたところ、どうやらアロハ先生の加工作品だったようで、私はこの人は恥じらいの境界がおかしいのではないかと思うようになった。
(つづく)














